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恒例の告知 [一言]

昼は骨格図を描き夜は折り図を描き…

Illustrator のレイヤーと花子のプレーンは、似てはいるものの実は別物。今回は Illustrator で骨格図を描いているのだが、花子のプレーンの機能が欲しくなることがママある。もちろん逆もママあるわけだが…。



毎年恒例となっている告知のコーナー。

年賀状は大変遅れます m(_ _)m

それは一瞬のことだった [一言]

奇しくも根知男山が「特別な酒」になってしまった。何かあったときにはこれで楽しみたい。

せめて愉快に。

無題 [一言]

正直仕事が手に付かないが、そんなときだからこそ敢えて何かやっている。
その「何か」の中には「あいつに見せようと思っていたのに」というものも少なくない。
いたたまれないが、自分が止まっているわけにはいかない。

未だに現実感に乏しいが、同時に現実であることは分かってもいる。酷い事実だがどこか夢のような感覚自体が、この上なく嫌。

BoxCounter遂に… [一言]

そういうときのベイズ統計…と、無責任なつぶやき。




めんどくさくって結局やらなかったけれども、雨男の相関を調べてみようなんていうお遊びを考えたこともあったっけ。
いや接近してきた熱帯低気圧が再び台風に変わったときはもう…(話の肝はそこじゃ…)




一部の人はご存じの、花子用フラクタル解析マクロ、ついに登場。
http://t-usuda-macro.blog.so-net.ne.jp/2010-05-02-1

実害がない限り興味は無いが… [一言]

だからせめてとりあえず読めよっていう…




そこまで書いてないし、むしろ面白い点は他にもあるし。




歪められた二次情報をコピペして増殖しただけの三次情報で溢れていて、「刺激的で分かりやすく声が大きく数も多い」そういうものが真実になってゆく。

休みはほぼ無いわけだが [一言]

ゴールデンウィークらしい。

gomi.jpg


断続的に店が閉まっていたりと通常の行動に制約がついてただ鬱陶しい…というのは毎年繰り返していることで、もはや笑い話にもならない。




とりあえずの懸念は、果たしてAdobeは今後もAuditionの開発を続けてくれるかどうか、という点。

ご挨拶 [一言]

で、まあ何をやっているのかと言えばペンキを塗ったりなんかしているわけだが。




今年は、じゃない、昨年は“年賀状は遅れます”の告知すらしていなかった。遅くなります。スミマセン。




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従来、季節感は欠片もなかったわけだが、今年は珍しく自室から初日の出を撮ってみる。…見えないっていう話なわけだが。

売るとしたら? [一言]

ああ、そうか、K氏ってだけだと誰のことだか分からないわけだ。(話の流れから想像できることはあるにせよ)




ははあ、盛大に見誤っていた。<だから何か言う前に元を当たれよ自分、といういつもの(以下略

逆に言うと、自分が想定していた区分とは違っていたのが興味深…いか?いや、それはたぶんあまり本質的ではない。

むしろ違う区分を想定した自分自身の背景に興味を持ったのだが違う話になるのでそれも略。




ごくごく軽く前回の補足をすると、もし「もっともらしくあること無いこと吹き込む系の本を出すとしたらどういう層を(が)ターゲットにする(なる)だろうか」ということを想像し、それって「B群」じゃない?と踏んだところに、勝手に早合点した「それって第二段階に少なからず被るんじゃない」がひっ絡まって微妙な話になった、という、そんなところである。




で、なんだか興味が「違う区分を想定した自分自身の背景」にすっかり移ってしまっている自分がいるわけで…。いかにもテキトーである。

単純な「段階」ではなく分岐点のような。 [一言]

さるところで定点調査を終え機材を撤収している際、小さくて全身黒っぽくて後体に赤い斑のある見慣れないクモがくっついているのを発見、ビビりつつ遠巻きに写真だけ撮る。当のクモは、撮った直後にピョンと逃げてしまい行方不明。
後に写真を確認したところ、どうやらゴケグモではないようなのでとりあえず一安心。が、結局これは何なんだ?というあたりで停滞中。よく知らないものばかりである。




いわゆる「第二段階」というやつ、元ネタを読んでいないのでアレだが、何となくこんなことを言っているんだろうなぁ、というのは想像できる。
K氏の言う「B群」というのは、基本的に売り手の側から見た経済の話で、段階云々という話とイコールではないが、「第二段階」を構成する人と「B群」を構成する人はニアリーイコールとはいかないまでも、少なからず被るところはありそうな気がする。
で、ふと頭をよぎったただの思いつきなのだが、このへんをちょうどカバーするようにトンデモ系の書籍が出ているような、と…。

これが世に言う「データ取りません、勝つまでは」ってやつなのか?? [一言]

クオリア!

あ、いや、なんとなく叫んでみたくなっただけ。

「分かりやすい」→現実がどうかはさておき、とにかく脳の既存の認識機構(がどういうものかよく分からないけど)と親和性の高い何か:脳によりよくフィットしている
「分かる」→より現実の説明に合っていそうな何かにあわせて脳の認識を再構築し続けていくこと:実情によりよくフィットしている
と、暫定的かつ大雑把に置いてみた(大雑把すぎてほとんど何も言ってないんだが)。なんてことはない、脳は脳で環境と無関係に勝手に動いてますよ、ということに意識的か否か、というようなこと。

件の例に関しては、たぶんかなり極端なケースだと思う、というのと、ぐだぐだの果てに、どうやら「ビジュアルが悪い」というような話になったっぽく(という認識でよいのかどうかも正直よく分からない)、これ自体は放っておいてよさそう(なんで放っておかれるのか、という点はK氏の指摘の通り。また、リソースが限られている以上、実害が出ない限りそっちに手を回していられる人もたぶんほとんどいない)。

よくは分からないが、とりあえずなんかそんな感じじゃなかろうか、と分かった気になっておく(コストかけたくない)。




で、さっぱり分からないのはここから先。

ちらっとそこから先のサイトを覗き見てみたのだが・・・もはや「分かりやすい」とか「分かりにくい」という(私もしくは我々が想定していた)問題では無くなっているんじゃなかろうか、というような気がしないでもない。

いくつかの情報(内容の妥当性は問わない-事実かもしれないし、妥当でない情報かもしれないし、それ以前にただの思い込みかもしれない)から“演繹的”に「お話」を展開させてゆき、その途中途中で「お話」を補強する情報(もちろん妥当性は問わない-都合良く偏った情報かもしれないし、やっぱりただの思い込みかもしれない)を織り込んでゆき、「何やら壮大な物語」ができあがると、どうもそれを「そこそこ妥当な仮説」と認識するっぽい。・・・ような気がしないでもない・・・んだが、はて、はて?(前述の通り私にはこのへんさっぱり分からない)

カッコ書きにしつこく「ただの思い込み」というのを入れたのは文字通りのことで、現場に出ろとか論文を読めとか教科書を読めとかせめて良質の一般書くらい読めとか、もうそれも譲る。Googleのイメージ検索で日本語のごく一般的な呼称を1つ入れるだけで、「お話」の前提の1つがぐちゃっと凹むような画像が5桁のオーダーで出てくることもあるのをどう見ている(いや、たぶん見ていないんだが)んだろう。ネタ?

ひょっとすると、物事の認識の仕方が、まるで違うのかもしれない。なんだろう、研究している人やフィールドに出ている人にとって、複雑で多様な現実が常に目の前にあるのに対して、何やら純粋に自分の頭の中だけで非現実的なまでに単純化させた何かをひたすらこねくり回しているような?・・・いや、どうなんだろう、ともかくさっぱり分からない(そのへん「分かりやすく」説明してくれ、と言ったら悪い冗談にもならない)。

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